文系・工学系の学際・融合教育を目指して

教員

田中 洋子 教授 (社会経済史、グローバル経済論)

研究テーマとの出会い

田中 洋子 教授 (社会経済史、グローバル経済論)

世界が資本主義と共産主義に二分されていた時代に育ちました。その中で、どちらの体制がいいのか、よりよい社会はどんなものなのか、小さい時から考えるようになりました。ヘーゲルやマルクスなど、社会全体の構造を捉えようとする志向性にひかれたこともあり、大学にはいってからは、ヨーロッパの思想の一つの核を形成するドイツの社会民主主義に興味をもつようになりました。共産主義を否定しつつも、資本主義の問題性を批判的に改革しようとするこの動きの源をたどって、19世紀のドイツの歴史研究をはじめました。

他方、子供の頃から親の働く近くの工場に遊びに行ったり、仕事を手伝ったり、ほかのアルバイト経験をつむ中で、働くとは何か、生産とは何か、企業とは何かといった経済学の問題を考えるようになりました。企業と人はどう関わってきたのかをテーマに、ドイツの企業と労働の歴史実証研究を博士論文としてまとめ、その中で社会民主主義の影響を論じたのは、こうした小さい頃からの背景があったからだと思います。


研究の魅力

ドイツは日本と似て、製造業の国際競争力が強く、企業でも人材の長期的な育成や企業内の福利、社会的責任意識など共通点も見られます。しかしその一方でドイツでは、1918年革命をはじめ、働く人々が自分たちの発言権を求める動きを発展させ、日本よりも強く、企業が社会的公正を問われる体制ができました。つまり、企業はもうけるために何でも好き勝手にやっていいのではなく、働く人やまわりの社会や世界のことを考えて行動するべきだという議論が、19世紀から現在まで活発になされてきたのです。

ベルリンの壁が崩壊して共産主義が崩れ、資本主義が「勝利」したあと、市場経済で勝つことだけを目標と考え、よりよい社会についての思考を停止する人々が世界中で増えています。その中であえて、弱肉強食の格差を肯定するのではなく,社会全体としての福祉や社会的公正という理念から経済活動を常にチェックしようとするドイツの取り組みは、歴史としても現状としても、とても刺激的で興味深く感じられます。

また、上で決められたことにしたがうのではなく、現状に問題があればそれを客観的事実として批判的に分析し、それに対する具体的な改善策を議論しながら実施する中で、少しでもよりよい社会にしていこうとする実践的な姿勢にも、日本で最近あまり見られなくなっているだけに、見習うべき点があると感じています。

工業化や経済発展が、人々の暮らしや働き方をどう変えたのか、経済のグローバル化や少数の巨大企業の成長が、私たちの日常や現地の人々に何をもたらし、世界の格差をどう変化させているのか、こうした問題は21世紀にますます大きな問題となるでしょう。現状が抱えている問題から目をそらさずに向き合いながら、少しでもよりよい道を模索し続ける、一人でも多くの人たちがこうした努力を続けることが、社会のための民主主義なのだろうと考えつつ、先がわからない世界の行方を見つめていきたいと思っています。


学生へのメッセージ

大学生という時期は、十分認識されていないかもしれませんが、人生にとって本当にかけがえのない貴重な時間です。これほどまでに、自分の知的関心を、好奇心のおもむくまま、自由に展開できる環境はほかにありません。語学をはじめとするさまざまな授業はもちろん、ゼミの先生や友人、図書館、イベント、サークル、ボランティア、長い休暇など、自分のために生かせそうなものは是非何でも利用していってほしいと思います。

個人的には特に、国内はもちろんですが、海外のいろいろな現場を見てきてほしいと思っています。自分の目で見て自分の足で歩き、人々の中にはいって話をする中で、頭だけで理解していたことが書き替えられたり、社会や経済、宗教や文化について新たに気づくことがあったり、自分自身や日本を考え直すきっかけが得られるかもしれません。

私自身もドイツ(西ドイツ)だけでなく、ソ連や東独、文革後の中国やキューバに行って計画経済の限界を痛感したのをはじめ、イエメンやシリア(内戦前)、イランをはじめとするイスラーム圏の市場で交渉をしたり、モンゴルやチベットの自給自足経済の中で暮らしたり、コロンビアやエクアドルでコーヒー豆を摘んでグローバル経済を実感したりと、各地の現場からグローバル経済について多くを学んできました。

残念ながら、最近になって世界はどんどん不穏化し、また日本を含め各国で内向き指向が広がっています。しかし狭い場所に閉じこもったままで、周囲のことを理解できなくなってしまう状態こそ危険です。地球上の人々がどんな状況で何をどう考えているのか、世界を客観的に分析できるような広い視野を得るためにも、機会をとらえて外に一歩踏み出してみる気持ちが大切だと思います。

自分の知らない世界でのさまざまな経験が、授業や文献で学んできたことや最新の情報と有機的に結びついた時、その中から生まれる驚きや発見、深い認識は、後の人生にもずっと生き続ける貴重な教養となり、よりよい世界をつくるための礎になると確信しています。